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インタビュー
医療・介護現場におけるパワーハラスメントへのリスク・マネジメント

弁護士法人リーガルプラス代表弁護士 谷 靖介先生
(聞き手:医療ジャーナリスト:冨井 淑夫先生)

2019年5月29日に労働施策総合推進法が改正され、パワーハラスメント防止措置に対する法律が整備されました。医療機関でも、パワハラ防止体制を構築する義務が求められています。
ここでは、医療・介護現場のパワハラへのリスクマネジメントについて、弁護士の谷靖介先生にご紹介いただいています。

パワハラ防止措置の法律を整備 医療機関に課される体制構築義務

パワーハラスメント対策が事業主の義務となります!~セクシュアルハラスメント等の防止対策も強化されます~

 出典:厚生労働省リーフレット「 パワーハラスメント対策が事業主の義務となります!~セクシュアルハラスメント等の防止対策も強化されます~」を加工して作成
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000527867.pdf

―― 2019年5月29日に労働施策総合推進法が改正され、パワーハラスメント(以下、パワハラに略)防止措置に対する法律が整備されました。大企業は2020年6月1日から、中小企業は2022年4月1日からの施行になります。まず、同改正法の重要なポイントについて教えて下さい。

谷: 同改正法ではパワハラの定義が初めて、法律で規定されました。「雇用管理上の措置」等では、①優越的な関係を背景とした、②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、③就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)の3要素・何れも満たすものが、パワハラとされました。そして使用者側、要するに企業や事業主は労働者からパワハラの相談を受けた場合、適切な相談に応じたり、従業員に対して防止に向けての研修、啓発を行う等の体制整備等、雇用管理上、必要な措置を講じる義務が明記されたわけです。企業等で過去にはパワハラを受けた当事者が、労務担当者等に相談しても逆に不利益を被ることがありました。そうした事態が起こらないように法律上、体制構築の義務が規定されたのが重要な改正点です。

―― 医療機関においても一般企業と同様、パワハラ防止体制を構築する義務が生じるわけですね。実際にパワハラ問題は、どの医療機関にとっても永遠の経営課題です。報告されず公にならなくとも、パワハラと認定されるような管理職のふるまいが発生したことのない医療機関は、皆無と言って良いでしょう。

谷: 医療・介護施設等における判例を検証すると非常に多様ですが、実際にパワハラ問題だけで裁判にまで発展するケースは、必ずしも多くはありません。
不当解雇や過重労働、仕事の重圧等でうつ病を発症する等の問題と連動して裁判へと発展する事例が多く、企業や病院等の安全配慮義務違反を根拠に訴えが起こされる中で、上司によるパワハラが発覚する構造があったと思います。

―― 先生の論文を読むと、医師の3人に1人、看護師の2,3人に1人は「パワハラを受けた経験がある」と回答している調査報告もあるようですね。

谷: 私は経営者側・労働者側の双方からパワハラの相談を受ける機会が多いのですが、労働者の方に訊くと裁判による全面対決を望んでいるのではなく、上司のパワハラに悩まれている段階の方が、大部分です。パワハラという言葉がビジネス社会等で普及する以前は、“嫌がらせ”なのか、仕事上のノルマなのか、過重労働なのか上手く整理されず、国民にもよく分からなかった実態があると思います。近年、ようやくパワハラについての社会的認知度が高まり、大きなトラブルへと発展するケースが増えてきたと考えています。

「厳しい指導」とパワハラとの違い 若い世代には通用しない“愛の鞭”

―― 医師、看護師に限らず医療専門職の職能領域では徒弟制度的な体質があり、病院組織全体だけでなく各部門毎に医療技術職の管理者が独自の聖域を作る。前近代的な職場環境が温存されてきた実態があるようにも感じます。パワハラが起こり易いのは、そうした組織体質も影響しているのでしょうか。

谷: 私たち弁護士の世界も同様で、過去には先輩や所長弁護士から怒鳴られたり、日常的に徹夜仕事も厭わないような技術職特有の職場風土がありました。しかし、最近では随分と改善されてきたように感じます。

―― 確かに、緊急患者が頻繁に搬送されるICUやHCU病棟等を取材すると、常に怒号が飛び交うような雰囲気も時には見られました。ただ、現場のリーダー医師、看護師長さん達は、こうした一刻を争う環境下で、医療事故等を防ぐため、部下に「厳しい指導」が必要な場面も出てきます。

谷: 私が管理職研修等で、常に強調しているのは「厳しく教育・指導する」こととパワハラとは違う。上司として指導を厳しくすることが部下へのパワハラになってしまうのではないか、と怯まないようにして欲しいということ。【パワハラにならない注意指導のチェックポイント】があり、「叱る場所」や「注意する状況」に留意して頂きたいのです。例えば、大勢の前で“晒し者”にするような行動は絶対に避け、可能であれば管理職複数で注意・指導するように心がけて下さい。
大声で注意するのは避けた方が良いのは当然ですが、それも時と場合によります。例えば、手術中のような施術・投薬のミス等が患者の生命に直結するような状況下だと、必要に応じて大声で注意するのは許容されます。しかし、書類記入の軽微なミスであったり、小さなことでネチネチと長時間に亘り、注意や指導をするのは、パワハラと認定され易いと思います。

【パワハラにならない注意指導のチェックポイント】

①叱る場所や注意する状況に注意

  • 多数の前での晒し者にならないように
  • できれば管理者複数で注意指導を

②叱る前、注意する前に一呼吸おく

  • 感情的に叱り、きつい言葉で余計なことを口走らないように
  • その場で指導する時は、一呼吸、深呼吸をして気持ちを抑える
  • 感情を抑えきれない状況の時は、少し時間をおく

③口調、声の大きさには注意

  • 冷静に声のトーンを押さえる(裁判例では怒鳴りつけたり、大声の叱責に厳しい評価がなされている)

④長時間にわたる注意や指導は内容が問われる

  • 注意指導や再発防止の必要性との兼ね合いから、叱る時間に注意
  • 裁判例ではネチネチと何時間も注意をしたものに厳しい評価

⑤具体的な「行動」に焦点を絞る

  • 何の行動がなぜ不適切や不十分、望ましくないのかを具体的に示し、とるべき行動を明確に示す
  • 部下がなぜ叱られているか、何を改善する必要があるかを理解できるよう説明して納得を引き出す

⑥書面に注意

  • 問題行為や失敗回避のポイントを明確に書面で伝える
  • 長文は避け、過剰表現、人格攻撃をしないよう注意

―― 注意・指導が、精神論ばかりに偏るのも問題ですね。

谷: 具体的な部下の「行動」に焦点を絞り、注意・指導することが大事です。医療処置の技術論や看護師のヒヤリハット等に係る指導には時間をかけても良いのですが、業務姿勢や心構え、医療人としての自覚等について長時間、叱責し続けるのは良くない。心構えが足りないなどを理由に反省文を書かせたりするのも控えた方が良い。部下のどのような行動が不適切で望ましくなかったのかを具体的に提示し、何を改善すべきかを導き出すのが上司の役割です。人格攻撃や侮辱、恫喝に近いような叱責等は、パワハラの類型に該当しますので、“もっての外”です。
同一職場での人の好き嫌いは、どこにでもあり得るので、組織の中の人間関係がギスギスするようなことは、ある面、仕方がない部分もあります。但し、上司が馬の合わない部下へ、恣意的に必要な情報を与えなかったり、業務の引継ぎをしない、研修参加メンバーから外す等の行動に出た場合、法律的には「人間関係からの阻害」というパワハラの領域に入ってきます。
好き嫌いは人間の感情なので、第三者が介入するのは不可能ですが、感情と業務の遂行はきちんと切り分けて、日常業務に臨んで頂きたいと考えます。

―― 昭和から平成、そして令和の時代へと向い労働者の意識も大きく変わり、それに合わせ管理職側も時代に合わせた発想転換が必要になるのでしょうか?

谷: ベテランの医療技術者等に聞くと、「自分は中間管理職になりたくて、この世界に入ったわけではない!」と平然と言われる人もいます。職人気質・技術気質の方が多く、適切な人材がいないことから仕方なく上司になった。その人たちは非常に真面目で部下への教育に熱心な余り、逆にパワハラ的な行動に走ってしまうリスクも抱えています。私はぎりぎり昭和の教育を受けた世代で、厳しい指導の必要性も十分に理解していますが、現在の20歳代から30歳代前半までの若者は、「教育では要点だけきちんと教えてくれれば良い、感情は要らない」と言う世代との印象があります。

―― 対面よりもコンピュータやスマホ画面で、教育を受ける方が良いというインターネット世代ですね。

谷: 現在は昔の教育観、“愛の鞭”が、通用しない時代を迎えていることを認識して頂きたいと思います。

ハラスメント問題の基本は早期発見・早期対処

―― 一般企業、更には大学病院等では、パワハラ・セクハラの相談窓口を設置し、職員からの相談を受けられる体制づくりを進める動きがあります。しかし、中小規模の民間病院等では、未だ導入が進んでいないのが実態です。

谷: まずは医療機関も労務・人事部門の中に係で良いので、パワハラ・セクハラの相談窓口を作って頂きたいと思います。その相談窓口でしっかりと対処するのが基本です。いきなり、労働局や裁判所などの外部機関に被害当事者が駆け込むような事態を招くと、大事になってしまいます。出火(問題)が小さいうちに消火した方が、被害者にも加害者にも、ダメージは少ない。早期発見・早期対処がハラスメント問題の基本です。放置して当事者がうつ病を発症したり、退職せざるを得なくなって、訴訟になると厳しい。インターネット上に当該訴訟に係る情報が出て、拡散すると医療機関の信用が失墜することにもなりかねません。私の経験から、パワハラの加害者だけでなく、被害者側へのヒアリングにより、適切な対処の仕方のノウハウが、見えてくる場合もあるのです。

―― 具体的には?

谷:被害者側は単に「パワハラ被害を人事・労務担当者に知って欲しい」というだけで収まる場合もあれば、「きちんと調査をすべき」、「加害者の処分を求める」等、要求するレベルは個々の事案により異なるのです。そして、企業や病院側は「加害者に対し、毅然とした措置を取る」場合でも、その措置が「厳重注意」か、それとも「部署の異動」なのか、加害者・被害者の名前を公表せず「社内でハラスメントが起こったが、今後は絶対に起こさないように」との注意喚起を促すのか、対処の仕方は様々です。被害者側の希望を考慮し、パワハラ行為の悪質さの度合いとのバランスを取りながら、事業主としては、今後の対応を進めていくことになります。
但し、パワハラ問題で浮上する課題としては、客観的な証拠がなかったり、「言った・言わない!」で終始することもあり、一般的な内部調査では限界もあります。パワハラ認定に時間がかかるケース等も当然、想定されます。
目撃者の存在や加害者からのメール等の証拠が後に見つかり、パワハラの事実が明白に証明出来れば、事業者側は然るべき処分をする姿勢を示すことが大事です。ただ、社内ハラスメントは企業内人事抗争の“道具”として利用される場合も少なからずあります。つまり、ライバルが社内競争や人間関係が悪化している相手を追い落とすために、パワハラ・セクハラ等のスキャンダルを流すケースも散見されます。

上がるハラスメントの規制レベル、今後は罰則、許認可に影響も?

―― 恐ろしい話ですが、病院でもあり得ない話ではない。外部有識者の第三者機関を設置し、公平中立なスタンスで検証を進めるのも一つの方法ですね。

谷: パワハラ被害当事者のダメージが非常に大きく、深刻なケースは第三者委員会を立ち上げ、判断を委ねるのも一考でしょう。
ただ、病院経営者の皆さんに知って頂きたいのは、現代社会はパワハラ・セクハラの被害者が声を上げる時代になってきたこと。病院内での「閉じた世界」での対応では済まなくなっているのが現実です。上司による余りにも度が過ぎたハラスメント、人格否定や誹謗中傷、“嫌がらせ”に近い言動が見られた場合、被害当事者はICレコーダーやスマホ等で録音しています。それが、ツイッター、或いはインターネット等で、日本国内だけでなく世界中に発信される時代です。被害者側の発信力が非常に強く、例えば大企業の幹部やエリート、医師等がパワハラ・セクハラ等を行ったというのは、図式として週刊誌、テレビ等のマスコミが飛びつき易い話題です。

―― 確かに、最近でも著名人の夫である医師が、仕事中に部下からパワハラを疑われる行動を録音され、テレビのワイドショー等で騒がれました。

谷: やはり、医師や病院管理者の方々が、仮にパワハラと疑われる行動を取った場合に、その“ふるまい”がリスク行為であることを自覚することから、全ては始まると思うのです。病院組織の中でパワーを持つ方、立場のある方が、それを振りかざすことによって、パワハラ被害者を生む危険性のあること。そうした“ふるまい”をしない方が、病院経営的にもプラスであることを、ご理解頂きたいと思います。労働者との間のトラブルや訴訟等は起きない方が良いのは当たり前。医療機関トップの経営判断としては、労務管理レベルを底上げし、ハラスメント問題を防ぎ、ロイヤリティや職員満足度の向上等を図り、職員が安心して働ける勤務体制を構築することが最優先事項です。

―― 最後に労働関連法規に係る、今後の展望をお話し下さい。

谷: 近年、介護保険法等の改正により、介護サービス事業所で労働法規等が遵守されていない場合は、指定取り消しの事由になると法律に規定されました。
従来は賃金の不払い等が想定されていたのですが、今後、ハラスメントの規制レベルが更に上がって来ると、ハラスメントによる違反に対し総合安全施策法等で、現状にはない罰則規定等が追加されることも考えられます。
それが現実化すると、罰金が発生し、許認可等にも影響する可能性が、中長期的に予想されるリスクです。私は、そうした事態も今後、起こり得ると考えています。「働き方改革」も労働者保護の流れが強いので、労働者を大切にしない医療機関・介護事業所等は、将来的には事業の継続が難しくなるとの行政側のメッセージがこめられていると、ご理解頂けたらと思います。

谷 靖介(たに・やすゆき)
〔プロフィール〕
弁護士法人リーガルプラス代表弁護士。
1977年石川県金沢市生まれ。東京都三鷹市で育つ。明治大学法学部卒業後、2004年弁護士登録。東京弁護士会所属。主に使用者側の医療・介護機関の労働問題を多数扱い、特にハラスメント対応、問題社員やローパーフォーマー対策等に注力する。2019年千葉経営者協会労働法フォーラム(働き方改革)等での講演やNHK・テレビ朝日への取材協力。日経ヘルスケア、医療介護専門紙の協力や、寄稿等多数。

谷 靖介先生

掲載している情報は、取材時もしくは掲載時のものです。
【掲載】2020年11月20日