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【インタビュー】精神科医療機関の働き方改革
労務管理における独自の課題と解決法とは?

弁護士 外山 弘先生
(聞き手:医療ジャーナリスト:冨井 淑夫先生)

政府は経済・財政運営の指針となる『骨太の方針2017』を2017年6月に閣議決定しましたが、その中で「第三の矢・構造改革の柱」として、“働き方改革”が大きくクローズアップされています。ここでは、労務管理における精神科特有の問題は「精神科特例」と医療従事者へのストレッサーであり、チーム医療の推進・強化こそが精神科「働き方改革」の基本であること等について、ご紹介します。

労働行政が大きく変わるきっかけとなった電通事件

 出典:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2017~人材への投資を通じた生産性向上~」(骨太方針)(平成29年6月9日)
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2017/point_ja.pdf

―― 政府は2017年6月、経済・財政運営の指針となる『骨太の方針2017』を閣議決定しましたが、その中で「第三の矢・構造改革の柱」として、“働き方改革”が大きくクローズアップされました。厚生労働省は既に「新しい医療のあり方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」(同検討会に略)の報告書を発表していますが、そこで言及された内容の幾つかの部分は、2018年度診療報酬改定の内容にも反映されています。

外山: 日本国民は昔から、諸外国から“働き過ぎ”と言われるようになって久しいのですが、過去にも欧米並みに労働時間の短縮を目指した様々な施策を導入してきました。ただ、実のところ、ここ20年間程はフルタイム勤労者の労働時間は、全くと言ってよい程、削減されてはいません。そこで、厚生労働省が最初に「働き方を改革すべき」と提唱したことが、今回の“働き方改革”のきっかけになったと記憶します。
 安倍政権が唐突に「第三の矢」と位置づけ、“働き方改革”を強力に推進する姿勢を示すようになったから、産業界も重い腰を上げるようになったのだと考えます。
 大きかったのは、2015年に電通の若い女性社員が自殺し、翌年に労災認定を受けたこと。この事件は2016年9月に始まった政府の「働き方改革実現会議」にも大きな影響を与えました。この事件をきっかけに、これまで営業所や事業所単位に是正勧告等を出していた労働行政が大企業をターゲットにして、しかも企業の労働問題の責任は現場サイドの部門責任者や人事部等に留まらず、企業トップの責任が問われるようになったわけです。
 当時の電通社長は2016年末に引責辞任を発表しましたが、これは多くの企業の労働慣行に一石を投じる重い出来事でした。

―― 確かに、この事件を契機に企業トップの責任が問われるようになりました。社長の「サービス残業の実態を知らなかった」等の言い訳が、通用しなくなったわけですね。

外山: 現内閣が主導する“働き方改革”では、日本経済は潜在成長率が伸び悩み、将来不安からも消費の落ちこみが予想され、中間層の活力低下といった課題を抱えています。これを克服し、「一億総活躍社会」を作り、日本経済の潜在成長力の底上げをするためにも“働き方改革”が必要との主旨ですが、長時間労働の是正は女性や高齢者の働く意欲を高めると共に、労働参加率の向上に繋がる期待があります。更に経営陣の創意・くふうを促し、時間当たり労働生産性向上にも寄与します。加えて、正規と非正規との間の格差を是正し、個々の労働者の能力が正当に評価されるようになると納得感が生じ、職場のモラール・アップにも繋がります。

―― ただ残念なことに、厚生労働省は、2018年2月下旬に国会に提出する予定の「働き方改革関連法案」の施行日を、当初より概ね1年間遅らせる修正案を公表しました。
 修正案では、目玉である非正規労働者の処遇改善に向けた「同一労働同一賃金」導入も1年の延期、労組側の要求していた「中小企業の残業代割増率」引き上げも、2021年4月まで延期になりました。同関連法案の幾つかは、企業経営者・派遣事業者等と、労働者側とが利害の衝突する問題であるだけに、結果として、政府のスローガン倒れで終わり、骨抜きにならないよう望みたいですね。

精神科特有の課題は「精神科特例」と 医療従事者へのストレッサ―

―― 厚生労働省が昨年、公表した同検討会報告書について、ご意見はありますか?

外山: 同報告書は総花的に色んなことが詰め込まれていますが、特に重要なポイントは、「女性医師支援の重点強化」と「地域医療支援センター、医療勤務環境改善センターの強化」の2つだと感じます。2つは連動しており、女性医師がより活躍出来るようにするためには、医療機関に短時間労働・時差勤務制度、裁量労働制導入や医療施設内保育所の整備等が不可欠です。地域医療支援センターは大学病院との連携強化や、基幹病院で経験する症例の種別・平均数やキャリア・トラックの典型例を提示すること等、研修医や若いドクターが主体的にキャリア形成を図り易い環境づくりへの支援等にも言及されています。
 また、各都道府県に設置された医療勤務環境改善センターに関しては、同センターへの認知度向上へのマーケティングを実施した上で、個々の医療機関の勤務環境改善の取り組み事例や、成功事例の情報等を収集し、医療機関の「雇用の質」第三者評価を行なえる体制にまで踏みこんでいる。これらは画期的と評価出来ます。前述・2つのセンターで、これら全てが実現出来れば、勤務医を取り巻く労働環境は大きく改善されると期待します。

―― ただ、検討会報告書を読んでみても、精神科医療機関特有の勤務環境や、労働問題に係る記述は、殆ど出て来ません。その理由として、同検討会メンバーには学者、ジャーナリスト、大学病院、基幹病院等の院長、在宅医療・訪問看護等の実務者、一般企業経営者等、多彩な顔触れが揃っていますが、精神科系医療機関の関係者は入っていません。精神科医療機関特有の課題について、ご意見を頂けたらと思います。

外山: 精神科系医療機関の労働環境の特殊性を挙げるとすれば、一つには「精神科特例」。昭和33年の厚生労働省事務次官通知により、精神科病棟の許可基準の定数に関して、医師は一般病院の3分の1、看護師については3分の2で良いとされました。当時は精神科病院の医療従事者定数が足りないための「苦肉の策」だったと思いますが、この特例により精神科病院の現場は常に人手が不足する環境が常態化してきました。
 従来は人員配置が少なくても何とかやっていけたのですが、近年は高齢化の進展で認知症を発症した患者さんが、精神科病院に押し寄せる状況を生み、一部の病院の中には身体拘束等に頼らなければ病棟運営が難しい環境が露呈してきたと思います。
 もう一つは、一般病院のように医師や看護師等が、患者さんの病状が改善され、退院時に患者さんから感謝される機会が、極めて乏しいこと。随分、昔から指摘されてきましたが、医療専門職が「真の仕事の喜び」を得られないというモチベーション低下に係る問題です。精神科を受診する患者さんは、他の診療科とは異なり病識が乏しく精神症状に大きく左右され、対応が困難であったり、自傷・他害のリスクのある人が少なくありません。
 病状回復や改善の時期が見え難く、医師や看護師も治療や看護の達成感が得られないと言う精神科特有のストレッサ―が存在するのです。更に指摘すると、患者さんからの暴言や暴力等を受ける機会の多い医療現場です。常に仕事に対する喜びがなく、逆にヤル気の削がれる労働環境に置かれて来たことは否定出来ません。

労使問題は内部告発者を 想定した危機管理が大事

―― 前出2つの課題が精神科病院で離職者の連鎖を生む要因にもなっていると感じますが、職場環境を改善するためには何が必要なのでしょうか?

外山: 制度面では人員配置の「精神科特例」を見直すこと。日本精神科病院協会でも「各地域の状況を考慮する」のを前提に、医師・看護師の人員配置について「精神科特例の見直し」を要望してきました。特に、専門家の中からも短期間の入院であれば、一般病院と同等の配置にして、精神保健福祉士や作業療法士等とのチーム医療により対応するような提言もなされており、精神科病棟における多様な専門職によるチーム医療の推進が検討されるようになりました。まずは、医師や看護師の精神科病棟での負担軽減が第一に優先されるべき政策です。
 更に、医療従事者のモチベーションを向上させるには、当然のことと思われるかもしれませんが、キャリア・プラン構築への支援が大事です。医師の場合は若手勤務医等に対して、「精神保健指定医」、「精神科専門医」等は勿論、日精協の「認知症臨床専門医」や各種学会の認定する認定医、専門医等を取り易くする体制を整えること。看護師も精神科に関わる認定・専門看護師等の資格取得をサポートし、精神科や認知症等の看護に意欲ある人材を育成して、それに見合う適正な人事評価を行っていくことが肝要です。例えば、看護師に今年から創設された「公認心理師」国家資格取得を促し、Wライセンスを持つことになれば、モチベーションアップに繋がるかもしれません。

―― 精神科病院では労働組合が先鋭化するトラブルも、多々、発生してきた現状も否定出来ません。

外山: ご指摘の通り精神科病院の中には労使問題を抱える施設が少なくないのですが、精神科における労使トラブルの特徴としては、内部告発者により生じるケースの多いこと。病院経営者側の危機管理として内部告発に発展するリスクを想定して、解決を図らねばならないという問題があります。

―― 具体的には?

外山: 精神科では法律上、一定の条件付きで身体拘束が許容されていますが、すべからく法律の要件を全て満たした上で、それが適法であるのかと言うと、断言できないグレーゾーンもあります。また、医師や看護師の夜勤当直勤務に関しても、時間外手当を出さずに当直手当だけで済ませているケースも見られますが、実態としては当直勤務とは言えないケースもあります。このようなグレーゾーンを労働者側は十分に知っており、労働問題で使用者側の医療機関と労働者側が争った場合に、そのトラブルを労働者側が告発すると攻勢に出て、使用者側が守勢に回り、労働者側の要求する条件を飲むことを余儀なくされるケースも少なくはないのです。私は医療機関側弁護士の立場で、労務トラブルの生じた病院の経営者に対しては、従来の悪しき慣習を見直す良い機会と捉えて、グレーゾーンを改めるように指導しています。

チーム医療の推進・強化こそが 精神科「働き方改革」の基本

―― 前出の同ビジョン検討会報告書の中には、タスク・シェアリング(業務の共同化)、タスク・シフティング(業務の移管)、ICT技術を導入した在宅テレワークの導入等、様々な新しい“働き方”への提案が行なわれていますが、これらの新機軸は精神科病院にも導入は出来るのでしょうか?

外山: タスク・シェアリングに関しては、同報告書で医師の「グループ診療の推進」が強調されていますが、精神科も今年から始まる第7次地域医療計画で、多様な精神疾患毎の役割分担・連携を進める方向性が打ち出されています。その視点から、一医療機関の自己完結ではなく、各医療圏における精神科系医療機関同士の「横のグループ診療」推進は、当然、避けられない課題だと思います。医療機能が地域で更に細分化されていくと、地域医療においても精神科診療機能毎の“すみ分け”と協力が必要になります。また、ICT技術による在宅テレワークは、精神科領域でも積極的に導入していくべきと考えます。

―― タスク・シフティングではPA(フィジッシャン・アシスタント)の創設が謳われており、厚生労働省でも資格化を目指し検討しているようです。

外山: ただ、同報告書では「簡単な診断や処方、外科手術の助手、術後管理等が出来るようにすることを選択肢として検討」と書かれています。諸外国で導入されているとは言え、医師以外でここまで踏み込むとなると看護師等、臨床の専門的教育を受けた人でないと難しいのではないでしょうか。例えば、救命救急士の資格が出来た背景や、介護職の喀痰吸引が認められた経緯等を思い出すと、医師の職域にも関わる問題であるだけに、一朝一夕にはいかないのではないでしょうか?

―― そもそも、“簡単な診断や処方”とは一体、何を指すのかが、よく分りませんね。「簡単な」診断・処方等、本当にあるのか?真面目に地域医療を担っている多くのドクターには、失礼な表現だと思います。最後に、結論的な“まとめ”をお願いします。

外山: 日本の精神科医療は、これまで欧米の病院等に比べて入院期間の長期化が課題とされて来ましたが、欧米においては多職種チームによる患者支援が、入院期間短縮に大きく貢献したとされています。精神科病院には医師・看護師の他にも精神保健福祉士、臨床心理士、作業療法士、新たに資格化される公認心理師等、多職種が在籍しています。これら専門職同士の有機的な連携を強化していくことこそが、従来の精神科病院の“働き方”を改革することに繋がると考えています。

外山 弘(とやま ひろし)
〔プロフィール〕
大阪大学法学部卒業。平成4年、司法試験合格。平成5年、最高裁司法研修所。平成7年より弁護士登録。平成10年より医療過誤専門(医療機関側)法律事務所のパートナーを務め、平成16年より大阪で病院・企業法務に特化した外山法律事務所を開設。現在に至る。*平成19年から24年まで、大阪大学大学院高等司法研究科・非常勤講師を務める。
病院関連の講演活動は日本精神科病院協会(全国)、関西精神科懇話会、SSKセミナー等多数。共著書に『わかりやすい会社法の手引き』(新日本法規)。

外山 弘先生

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【掲載】2018年07月13日