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【インタビュー】
精神保健福祉法改正案のチェックポイントと精神障害者を含めた地域包括ケア・システム実現に向けて

精神保健福祉士 横井 美佳先生
(聞き手:医療ジャーナリスト:冨井 淑夫先生)

2017年9月28日に衆議院が解散されたことにより、「精神保健福祉法改正案」は結果として廃案になりましたが、改正案のチェックポイントと「精神障害者を含めた地域包括ケア・システム実現に向けて」について、精神保健福祉士の横井 美佳先生にご意見をお伺いしました。

改正案は2017年9月の衆議院解散で廃案 再提出の時期は不透明

 出典:障害福祉関係主管課長会議 精神・障害保健課資料(平成29年3月8日)
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/seishin01.pdf

―― 2017年2月28日、政府が通常国会に上程した「精神保健福祉法改正案」(以下、改正案に略)は、趣旨説明文の中で2016年7月に起こった「相模原障害者施設殺傷事件」に言及され、「二度と同様の事件が発生しないように(中略)法整備を行う」と事件再発防止策としての一面が強調されました。そのため、精神科医療や精神保健福祉の専門家等から批判が噴出し、その後、厚生労働省が当該文章を削除する等、紆余曲折がありました。

横井: 2017年9月28日に衆議院が解散されたことにより、改正案は結果として廃案になったわけですが、改正案に対し業界団体等からの反発が強かったため、同省が再提出するかどうかは不透明です。精神保健福祉の現場で仕事をする立場からは、当初の案は精神障害の方々の監視体制の強化やプライバシー侵害等が助長されるような内容で、制度の誤用や濫用が起こらないかが懸念されました。事件の「再発防止」の考え方が色濃く反映されているようにも受け取られ、今となっては、廃案は当然の結果という気がしています。

―― 同殺傷事件の被告人は事件前に一時、措置入院になっていたことから、同改正案の中身も措置入院制度の整備と、退院後の継続的な支援が重視されていました。

横井: ただ、「措置入院」患者の支援だけに拘泥するのは疑問で、「任意入院」、「医療保護入院」等、措置から任意に至るまで入院の形態に捉われず、退院後のケアや支援を必要とする人たちには、適切なプログラムを提供していく必要があります。そして、その流れで、地域包括ケアへの円滑な移行を進めていく制度にすべきと考えています。

―― 廃案になった改正案の個別の内容に関して、他に気になる部分はありましたか?

横井: 例えば概要の中には、「退院後支援計画の対象者が計画の期間中に他の自治体に居住地を移転した場合、移転元の自治体から移転先の自治体に対して、退院支援計画の内容等を通知することとする」との記述もありました。措置入院した方は犯罪を犯したわけではないのに、どこへ引っ越してもその記録がついて回ることになります。
 誰が考えても「犯罪抑止」にインセンティブが置かれていたので、監視強化に繋がると言うことで、障害者団体や精神保健福祉に携わる多くの人たちから批判を浴びたのです。「犯罪抑止」は警察の仕事であり大切ですが、医療従事者が主体となって担う役割ではないと考えています。

改正案と連動する「措置入院」に係る診療報酬項目の新設

 出典:厚生労働省診療報酬改定説明会「平成30年度診療報酬改定の概要(医科1)」(平成30年3月5日開催)
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000198532.pdf

―― 改正案は確かに廃案になりましたが、一方で、2018年診療報酬改定では、「精神科措置入院退院支援加算」(600点・退院時)の新設等、改正案の考え方が生かされた項目が散見されます。同加算の要件の中には、「退院後生活環境相談員」(以下、同相談員)と同様の役割の担当者選任が規定されています。また、自治体と連携した「措置入院後の退院した患者への通院・在宅精神療法」の区分新設でも、「措置入院運用ガイドライン」の導入が示唆される記述があります。これらは、廃案になった改正案を巡る国会等での議論でも出て来た内容と重なります。

横井: 前述の理由で私は、昨年の法案全体については評価しませんが、法案に至るまでの議論には、それなりに重要な内容が織りこまれていたと感じています。実際に精神疾患患者の入退院支援を進めることは地域包括ケア推進の視点からも大事ですし、同相談員の選任や、同ガイドラインの導入等に関しては、意義のある施策として評価しています。
 退院後支援が必要なのは「措置入院」患者に限ったことではありませんが、措置入院の場合は退院後、自立・社会復帰支援や生活保護、障害者手帳の申請等、諸々の福祉サービス利用が早急に必要になることが多いので、地域移行をスムーズに進める上で同相談員のようなコーディネーター役が必要なことは言うまでもありません。

―― 同相談員は精神保健福祉士が担うことになるのでしょうか?

横井: 退院後の地域生活では、医療モデルではなく生活モデルとなり、福祉主導の支援に移行するため、従来の仕事の延長線上で業務を遂行出来るという点で、私は精神保健福祉士がその役割を担うのが相応しいと考えています。改正案では、当初、各自治体保健所に配置された精神保健福祉士を同相談員に選任することが想定されていました。
 ただ、精神保健福祉士等のマンパワーには地域格差があり、地方では精神障害者を支援する地域資源はまだまだ足りているとは言えない現状があります。同相談員は保健所勤務に限定せずに、入院先または通院先医療機関の精神保健福祉士まで含め適切な人材を選任する方が、同相談員制度を円滑に運用する上で現実的かもしれません。

第7次医療計画では多様な精神疾患ごとに医療機能を明確化

 出典:障害福祉関係主管課長会議 精神・障害保健課資料(平成29年3月8日)
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/seishin01.pdf

―― 精神疾患が医療計画に追加されたのは2013年からですが、2018年から第7次医療計画がスタートします。そこでは、多様な精神疾患ごとに各医療機関の医療機能の明確化が進められますが、同時に精神障害者が地域の一員として、安心して自分らしい生活を送れるよう、「精神障害者にも対応した地域包括ケア・システムの構築を目指す」と明記されています。精神疾患に限ったことではありませんが、厚生労働省は医療計画、障害者福祉計画、診療報酬、介護保険事業計画、精神保健福祉法等、様々な制度を組み合わせて誘導し、2025年に向けた地域包括ケアの基盤整備を進めることを考えているのでしょうね。

横井: 私は医療計画と連動させ精神保健福祉法改正を検討すべきと考えるのですが、精神科系医療機関が地域包括ケアを進める上での最大の課題は、精神障害者の高齢化に伴う合併症の併発への対応と、地域福祉や介護サービスと、いかに円滑な連携体制を構築出来るのかに尽きると思います。現状では、高齢化に伴う精神障害者の認知症併発や合併症に対応する基盤整備が、各地域で十分に出来ているとは未だ言えません。
 連携をスムーズに進める前提として、医療計画で多様な精神疾患ごとに医療機関の役割分担・連携を推進し、各医療機関の医療機能を明確化することが喫緊の課題です。
 多様な疾患には統合失調症、認知症、うつ病、躁うつ病、児童・思春期精神疾患、精神科救急、自殺未遂、身体合併症、てんかん、医療観察等の15領域で、極めて精緻に医療機能を細分化して、各二次医療圏で必要な機能が検討されることになります。
 従来の医療提供体制では、精神科や心療内科等という、ざっくりとした標榜科目の中で統合失調症もうつ病も、心身相関疾患も診る形でした。医療計画で医療機能の明確化が進展すると、将来的に地域住民や連携先医療機関、福祉・介護サービス事業所等も、各自治体のホームページを検索すると、どこに行けば適切な治療を受けられるのか、どの医療機関と連携すれば適切、かつ効率的なサービス提供が出来るのか等の「見える化」が進められます。一方、精神科系医療機関は自院の機能や役割を地域で積極的に「広報」し、適切な受診や連携に結びつけることが求められていくでしょう。

―― 精神科系医療機関が地域包括ケアを構築する上では、多職種連携やアウトリーチを円滑に実施することも要求されますね。

横井: 精神科医療施設も各地域で多職種連携が必要不可欠ですが、精神科領域の特徴としてダブル・ライセンスを持っている専門職が比較的、多いことです。看護師の中にPSWの資格を持っていたり、今年から制度化される公認心理士の資格を取る人たちも多々、おります。他の診療科領域に比べ、お互いの専門職種を理解し合える部分が多いので、多職種連携を進め易い環境にはあるのかもしれません。
 廃案になった改正案も地域で多職種連携を進めるという点では、同ガイドラインの内容等を見ても評価出来る部分は少なくなかった。ただ、私は2017年の法案が修正されないまま国会を通過し、制度化されれば精神障害の方々への「偏見の助長」が避けられないから、賛成できなかったわけです。

地域包括ケア進める上の最大の課題は「偏見と差別」の解消

―― それでは最後に、精神障害者にも対応する地域包括ケア実現に向けての提言を戴ければと思います。

横井: 精神疾患患者を巡る問題で、最優先に解消しなければならない課題は「差別と偏見」です。私が精神保健福祉士の資格を取得した時に、教育を受けた先生から聞いたのは、「精神疾患の患者さんが地域住民と触れ合う機会を、出来るだけ数多く作っていくことが社会的偏見を軽減することに繋がるし、お互いが気持ちよく共存して過ごせる環境を作る上でも重要なこと」との話でした。今でも、それを念頭に精神保健福祉の仕事を続けています。地域包括ケアを実践していく上での課題も「偏見の解消」です。
 例えば、精神科病院に入院していた人が退院して他害等の事件を起こし、マスコミで報道されると、事件の背景よりも疾病にスポットが当たり、世論や国民の中で偏見を助長させる傾向が出て来るのは問題です。

―― まずは、各地域で活動する地域包括ケアに係る多職種の方々に、普段は接触することの少ない精神疾患患者への理解を深めて頂くことが大切ですね。

横井: 地域包括ケアには保健・医療・福祉・介護等の専門職、更に介護予防の住民ボランティア等も含め、多職種が関わりを持ちますが、これらの人々への精神保健福祉に関する啓発や教育が欠かせないと思います。それなしには、「精神障害者アウトリーチ推進事業」等も進んでいかない。そのため、ケアマネジャーや社会福祉士等、地域の社会資源を繋ぐキーパーソンの方々に、精神疾患患者への理解を深めて頂くことが第一歩です。
 具体的には、多職種の参加する勉強会で、多様な精神疾患の基礎知識、向精神薬の分類と副作用等、基本的なことを学ぶ機会を作ること。更には、地域ケア会議等で、精神疾患を抱えた方々への対応をどうするのか等を、精神保健福祉士等を交えて、話し合って頂くことが大切だと考えます。

―― 確かに、国の政策に沿って精神障害者の地域移行・地域生活支援を進めて行く流れの中で、地域で生活する精神障害者の方々の高齢化に、どう対応していくのかは切実な問題です。認知症の方に対しては「新オレンジプラン」等で基盤整備が進んできましたが、精神疾患を抱えた高齢者のケアに対しては、精神科系医療機関等を除くと、まだ遅れている現実はありますね。

横井: どのように、その受け皿を作っていくのかは各地域で課題が山積していますが、精神保健福祉士でケアマネジャーの資格を有する人たちも少なくありません。現実に在宅で生活する精神疾患の高齢者に対するケアプラン作成等は、福祉現場で実践されている事例も数多く見られるようになりました。介護や福祉の分野で活躍されている方の中にも、精神障害者のケアに関心を持ち、勉強して精神保健福祉の領域に入って来られる人たちも増えてきたので、今後の展開には期待したいと思います。

横井 美佳(よこい みか)
〔プロフィール〕
愛知県出身。名古屋市立大学大学院経済学研究科博士前期課程修了(経済学修士)。株式会社矢野経済研究所にて市場調査業務に従事した後、医療分野に転身。医療機関で精神保健福祉士として勤務する傍ら、医療マーケティング、医療コミュニケーション等をテーマとするレポートを多数、執筆。元・流通科学大学、梅花女子大学の非常勤講師。

横井 美佳先生

掲載している情報は、取材時もしくは掲載時のものです。
【掲載】2018年06月15日