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妊産婦のこころを支える〜産科と精神科との連携体制〜

兵庫医科大学精神科神経科学講座
清野 仁美

■妊娠したら「こころ」は安定するのか?

 かつて、子どもを授かった女性は幸福に満ち、おのずと母性が芽生え、精神状態は安定すると信じられていた時代がありました。1966年にPaffenbargerらによって、妊娠中は精神疾患を理由にした入院数が減り、その一方、産後1か月以内には入院数が増えるという報告(Paffenbarger,1966.)が発表されると、産後の精神障害に注目が集まり研究が進みましたが、妊娠中の精神状態は安定していると認識されていました。しかし、当時、本当に妊娠中の女性の精神状態は安定していたのでしょうか?妊娠中であるという身体的状況は今も昔も精神科病棟への入院の受け入れを躊躇させる十分な理由になります。胎児への影響を心配して精神科薬物治療を避けたいと願う当事者の気持ちは精神科への受診を遅らせます。近年のDSM-5(米国精神医学会の「精神疾患の診断・統計マニュアル」第5版)では「産後の」抑うつエピソードの50%が実際には出産前から始まっていることを指摘しており、妊娠中の気分および不安症状は産後の抑うつエピソードのリスク因子であることが前方視的研究で明らかになっていることを記載しています。つまり、妊娠中から精神的不調をきたすことが稀ではないことが明らかとなってきました。

■妊産婦のメンタルへルスと子どもの発達

 妊娠中の母体のメンタルへルスが子どもの発達に長期的な影響を及ぼすことが報告されています。英国のエイボン地区における親と子どもを対象にした縦断研究(The Avon Longitudinal Study of Parents and Children:ALSPAC)では妊娠期に母親が抑うつと不安症状を呈していると、子どもの3〜4歳時点での注意の問題や、8歳の時点でのIQの低下、10〜11歳の時点での感情と行動の問題がみられやすいことを報告しています(Van Batenburg-Eddes T, 2013 Evans J, 2012 Leis JA, 2014)。また、系統的レビューでは、妊娠時にうつ病が未治療のままであると、胎児のhyperactivityや心拍数の異常、新生児のコルチゾールやノルエピネフリンの上昇、ドーパミンの減少、脳波上の変化、早産、低出生体重などがみられ、さらに学童期においてもコルチゾールの上昇、内在化及び外在化問題行動、肥満と関連し、これらの影響は、思春期後期まで続くとされています。(Gentile S, 2015)(Jarde A, 2016)さらに、妊娠中に胎児の兄姉にあたる子どもの死を経験することや、災害、戦争、家庭内暴力などの母体が受けるストレスも同様に、胎内の児に作用し、出生後も長期的に影響を及ぼすとされ、胎児プログラミング仮説が提唱されるようになりました(Glover, V, 2014)。当然のことながら、産後の母親のメンタルへルスも母子相互作用に多大な影響を及ぼします。有名なStill Face(無表情)実験(Tronick E, 1978)では、乳児と向かい合った親が急に無表情になり、動きや発声などの子どもへの働きかけを全て止めて、子どもの様子を観察します。親の変化に気づいた子どもは覚醒水準が上がり、指しゃぶりなどが増え、親から視線をそらせる一方、親の注意を引こうとして微笑んだり、発声したりする行動をとります。それでもなお、親が無表情、無反応のままであると、子どもは泣いたり、叫んだりするなどネガティブな感情表出が増えていきます。この実験上の短い時間においても、親の感受性や応答性が子どもの感情表出や行動に変化を及ぼすことが示されており、親の精神的不調や社会的事情によって長期間にわたり親の感受性、応答性が低下し、子どもとの相互交流が阻まれると、子どもの発達に多大な影響が及ぶと考えられます。
 このように妊産婦のメンタルへルスを守ることは、子どもの健やかな発達にとっても重要であるのです。

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【掲載】2019年11月22日