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隔離・身体拘束時の事故事例・判例について

元新潟大学医学部保健学科教授
藤野邦夫

 医療の場においての隔離・拘束は、患者の自己コントロール能力が低下し生命や安全が守られないと判断されたとき、必用最小限の行動制限として許される。
 この隔離・拘束が十分なときは意義をもち、不十分なときは事故となる。また違法な隔離や過剰な拘束では健康障害や人権侵害ともなる。精神医療の場では精神保健指定医の権限と責任の下で行われ、拘束の程度や時間は対象者の状況と看護師などの力量が深く影響する。つまり、同じ患者の状況下でも医師や看護師の対応能力が高ければ軽度の拘束と短時間ですむ。
 精神科医療の特徴は、対象者の意思に反した入院や隔離・拘束が制度的に認められている。目指すのは、隔離・拘束が最小限でかつ安全で治療効果が高く早期退院できることにある。逆に向精神薬などを組合わせた行動制限が多いほど患者の苦痛を高め不利益を生じさせることになる。精神医療の場では、この隔離や身体拘束が不作為や注意義務違反として損害賠償請求に発展する例が増加している。ここでは、過去の事故と裁判事例を紹介する。

1.新聞で報道された隔離・拘束

(1) 拘束中の窒息死

 平成10(1998)年9月25日の朝日新聞は、「国立病院で患者、拘束され死亡」指定医の診察なし、と報道した。内容は同年5月統合失調症で入院中の女性が、身体を拘束されたあと呼吸停止し死亡していることが24日わかった。報告を受けた県では、拘束する際に必要な指定医の診察がなかったなど不適切な取り扱いがあったとして、25日にも処遇改善命令を出す予定、というものであった。
 この事例は、看護師が女性の体に両手の自由が利かないように「拘束衣」を着せた。その後、おう吐するなど体に異常をきたし約3時間後に死亡した。当該病院は、女性は日常的に暴れており、本人もけがをする恐れがあった、拘束はやむを得ない処置だと説明している。病院長は、問題行動が多く一時的に腰や手を拘束した。指定医からは不穏時、興奮時には拘束してよいと「一括した指示」が出ていた、と説明している。
 新聞記事(ゆき.えにしネット掲載): http://www.yuki-enishi.com/psychiatry/psychiatry-13.pdf
 この報道後の平成11年7月11日の朝日新聞で、監督行政庁の厚生省は、精神病床を持つ全国37の国立病院・療養所を対象に、入院患者に不適切な隔離や身体拘束をしないよう、対応策をまとめたマニュアルを初めて作ったとの記事を掲載している。
 告示(医療観察法.NET 掲載): http://www.kansatuhou.net/10_shiryoshu/02_02daijinkokuji.html

コメント
身体拘束は指定医の指示がなければできない。問題となったのは日常的に包括指示が出ており看護師の判断で拘束と解除がなされていたこと、観察が不十分で事故後の対応が遅れたことが指摘された。事故当時に使用された拘束衣は、我が国で古くから使用されていたものと思われる。最近では、様々な抑制帯が開発され安全性や使い勝手の良さ、短時間に装着できるなど変化している。告示に基づき病院がマニュアルをつくれば誰でも同じように拘束可能なほど単純ではない。専門職として患者との信頼関係、意思疎通、健康状態、興奮の程度等の要因を総合判断したうえで適切に使用したいものである。
(2) 拘束中の窒息死で看護師が有罪判決

 平成23(2011)年4年15日の産経新聞は、大阪府貝塚市の精神科病院で入院中の男性患者がベッドに拘束され死亡した事件を報道した。同紙によれば、業務上過失致死罪に問われた元看護師の判決公判が15日大阪地裁であり、裁判長は元看護師に懲役2年6月、執行猶予4年(求刑懲役2年6月)を言い渡した。 判決理由で裁判長は「精神保健指定医の指示を受けないまま拘束を行い、死亡させた結果は重大」と指摘。一方、病院側がカルテに指定医の指示があったとする虚偽の記載をしたことについて「当時の病院の組織自体が抱えていた問題もある」と述べた。
 判決によると、被告は平成20年1月、アルコール依存で入院中の男性を拘束帯で固定した際、締め方が不十分だったため、男性がベッドからずり落ちて腹部を圧迫、死亡させた。
 mns産経ニュース:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110415/trl11041520530004-n1.htm

コメント
 この判決は、我が国の精神科看護業務と専門職の責任を明確にした点で重要な意味を持っている。過去の判決では、医師の指示のもとで看護業務を実施したのだから、事故発生の結果責任は指示した医師と病院管理責任者が負うべきとしていた。本判決は、医師の指示がなく看護師が単独で拘束を行い、過失により死亡させた責任は重大で懲役刑に相当するとその実施者の責任とした。この種の看護師の行為で刑事責任を問われたのは我が国初の判決と思われる。背景には、看護師が高度の専門性と責任があること。法律で行えない業務を看護師が行ったこと。拘束方法に過失があったこと。カルテの改ざんなど精神科医療に潜む課題が浮き彫りになった。
 この判決から言えるのは、①看護師が指定医の指示無く隔離、拘束すればその行為のみで刑事罰を受ける可能性があること。②遺族が病院に対して損害賠償訴訟が起こされれば、損害を受けた病院が行為を実施した看護師に求償することもあること。③看護師が隔離、拘束が必要な状況を医師に報告する場合は、症状と隔離、拘束が必要な要因、報告時間を看護記録などに残し、看護師自身の専門性と役割を明確にする必要がある。④看護管理者は指定医と協議を重ね、隔離や拘束に至る看護師と指定医の役割をマニュアル化する必要がある。
(3) ポチと呼ばれた患者

 平成14(2002)年2月1日 大阪読売夕刊の記事は次のように報じた。
 「ポチ」と呼ばれていた男性(59歳)に会った。様々な人権侵害が明るみに出た大阪府箕面市の精神病院「箕面ヶ丘病院」に入院していた患者だ。大勢が出入りするデイルームの一角に、ひもでつながれたまま寝起きし、用を足すのもポータブル便器。そんな違法拘束を10年近く受け、昨年8月に府の抜き打ち調査で問題が発覚、ようやく転院した。同病院は患者全員の転退院が終わり、1日、保険医療機関の指定取り消し処分を受けたが、奪われた歳月と人間の尊厳には何の償いもない。
  新聞記事(精神医療をよくする市民ネットワーク 掲載)
   http://psy-net.pia-net.net/db/4book/020201yomi.html

 
コメント
この新聞報道の事例は、厚労省の通知による隔離・身体拘束の定義に該当しないが行動制限に該当する。誰が見ても人としての尊厳を侵害しているが長年病院内で問題にされてこなかった。事故事例ではないが行動制限に携わる医師や看護師など専門職は、常に繊細な問題意識を持ち続ける必要がある。

50(11.01.21)