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第3回ネットワークの中で気付いたソーシャルワーカーの仕事

M市の老人保健ネットワークの基盤となった人権意識

ケアマネジメントへの道標  私は精神科ソーシャルワーカー23年目にして、「老人」を勉強し始めましたが、当時のM市内の老人保健ネットワークは、新参者にとっては最高の教育環境だったと思います。 M保健所内を見ただけでも、意欲的な所長と、家庭訪問を大切にし、訪問件数が府下一だった保健婦集団がいました。 そして地域には、毎夕保健所に立ち寄ってくれる市社協のヘルパーたち、理に適う融通をしてくれる市役所のケースワーカー、地域医療を目指していた総合病院や医師会、地域に開放された老人福祉施設があったからです。

 M市は当時、赤字転落かと案じられるような貧しい財政状況でしたが、お金を使わないで人の知恵と意欲を引き出す何かがあって、私はM市の公衆衛生の歴史に興味をもちました。

 その歴史は、当時から各方面での研究材料にされていたくらい関心がもたれていましたが、私自身はM保健所の初代保健婦長だったIさんの理念と的確な実践に、重大な要素があったと思っています。

  同和地区での活動に裏付けられたその理念は、昭和50年にM保健所が設立され、Iさんが初代婦長になられたとき、保健所の取り組むべき課題として、1.老人問題、2.精神障害者問題、3.難病罹患者問題を挙げられた見識にしっかりと示されています。 その理念によって、Iさんは地域の在宅障害老人の実態調査から動き始めたのでした。

 優れた実践家であるIさんを尊敬していた私が、M保健所へ転勤することによって感じた緊張や、自らの実力に対する不安は当然のことだったと思います。

 Iさんの理念と実践から発して進展したM市の地域ネットワークについては、『ケアマネジメントへの道標〜松原ネットワークの形成過程』(大國美智子編著、中央法規出版、1996年)に詳しく紹介されています。


既成のネットワークに乗ってみる

 分らないことを教わるのは当然のことですが、私の場合「真似る」という方法が加わっていました。 うまくやっているのは、必ずそれなりのコツがある筈だから、オリジナルのものを考える前にまず真似る、真似ながら自分のものにしてしまい、次の段階で新たにつくっていくこともできるだろうと思われました。

 いきいきとしたM市の老人ケアネットワークは、私にとって実に乗り心地がよく、保健所内外の関係者に支えられ、痴呆性老人についての学習や実習の時間とチャンスを十分に与えられました。 具体的には保健婦やホームヘルパーと共に家庭訪問をしたり、ネットワーク会議に出席したりすることが主な方法でしたが、それぞれの先駆者による指導を受けながら、新参者の私は相手の力量を推測し、将来の自分の"指導者"の選別をしていました。 すばらしい実践家が揃っていて、これだけの保健婦やヘルパーの活動の積み重ねがあって、はじめてM市老人保健ネットワークの確立があったのだと知らされました。